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広島高等裁判所 昭和31年(ナ)1号 判決 1956年9月27日

原告 住田沢人 外一六名

被告 広島県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「昭和三十年十二月二十日被告委員会がなした昭和三十年四月三十日施行に係る広島県安芸郡音戸町議会議員一般選挙を無効とする旨の裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

一、原告等はいずれも昭和三十年四月三十日施行された広島県安芸郡音戸町議会議員の一般選挙に際し立候補し且つ当選した議員である。同年五月六日右選挙に立候補して落選した川口玉三、中島礼三、大森俊爾及び選挙人阿部守雄の四名より同町選挙管理委員会に対し右選挙を無効とする旨の異議申立をなし、これに対し同委員会は同月十九日右異議申立を棄却する旨の決定をなし該決定は即日異議申立人等に送達された。然るに右異議申立人四名の内大森、中島の両名は同年六月六日更に右決定に対し被告委員会に訴願をなし、その結果被告委員会は同年十二月二十日右訴願を認容し、前記昭和三十年五月十九日音戸町選挙管理委員会がなした決定を取消し、同年四月三十日施行の同町議会議員一般選挙はこれを無効とする旨の裁決をなし、同日これを告示した。

二、右裁決書によると次のような理由を挙げている。

(一)(イ)  本件選挙の投票数は一、一〇六六票で投票者数は投票録を基礎とする場合は一、一〇三九人(投票録記載の投票者の合計数から不受理一を除いた数)となり、過剰票(投票者数を超える投票以下同じ)二十七票を生じ、入場券及び入場メモを基礎とする場合は一、一〇三四人(入場券及び入場メモの数に不在投票者数五八五人を加へた数)となり過剰票三十二票を生じ、選挙人名簿の対照符号(>及び○符号)を基礎とする場合は、一、一〇三七人(対照符号の数に不在者投票数五八五人を加へた数)となり過剰票二十九票を生じている。

(ロ)  選挙人名簿と選挙人の対照整理が極めて杜撰であり、入場券と選挙人名簿の対照符号とを基礎としては正確な投票者数は得られない。

(ハ)  投票用紙の使用枚数は一、一〇四〇枚であるとしても投票総数一、一〇六六枚と一致しないばかりでなく投票用紙の交付数及び残数等について確認すべき証拠書類が存在しないので投票用紙の使用枚数では投票者数は求め難い。

(ニ)  印刷した投票用紙を受理する際及び受領後においてもその数を確認せず、又その用紙に公印捺印の際常時監督、監視を怠り、その捺印した枚数を確認せず公印を机上に放置する等投票用紙等の管理を怠つた。

以上の諸点及び投票用紙が盗難にかゝりその用紙が差し替えられた疑を否定する根拠もないので本件選挙に過剰票が存在することが明白であり、しかも総投票者数の捕捉確認ができないのであるから選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合と認めざるを得ない。

(二)  本件選挙において何等証明権限を有しない区長及び民生委員等の証明により不在者投票をなさしめたものは百七十八件(内訳区長の証明により投票したもの九六、民生委員の証明したもの二、その他証明権限のないもの八〇)証明のないもの二件である。これは選挙の管理執行の規定違反であつて選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものである。

(三)  第九投票区投票所において

(イ)  投票管理者、投票立会人及び受付係が候補者から氏名を詐称した詐欺投票を黙認するよう依頼を受けた。

(ロ)  右依頼を受けた受付係はこれを承諾し詐欺投票をする者の入場を黙認した。

(ハ)  氏名詐称した詐欺投票が多数存在し、関係者が多数起訴された。

以上の事実は法の精神とする選挙の自由公正を著しく阻害し、特に投票事務に従事する受付係の行為は選挙の管理執行の規定に違反したもので選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

三、然しながら右(一)の過剰票に関する事実中投票総数が一、一〇六六票、投票録を基礎とする場合投票者数が一、一〇三九人、過剰票が二十七票存在したこと、投票用紙の使用数が一、一〇四〇枚であつたことは認めるがその余の事実を否認する。過剰票は右二十七票を超えては存在しない。(二)違法手続による不在投票の事実についてはそのような違法手続は何等存在しない。即ち区長の証明は音戸町長の証明権限を各出張所長(区長兼務)に代行せしめることを町条例第六四号によつて議決されているので右証明は何れも権限を有する者の証明であつて何等違法のものでない。(三)の詐欺投票の事実中詐欺投票が三十四件あつたことは認めるが、投票管理者、投票立会人及受付係がこれを黙認し(又は承諾し)た事実はない。尚被告の選挙人名簿及び代理投票に関する後記主張事実中本件選挙の基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿を音戸町選挙管理委員会書記が独断で調製したこと、代理投票の際投票立会人の数が法定数を割つた事実は否認する。以上のように本件選挙には被告の主張する違法の事由は存在しないから本件裁決は違法である。

四、仮に裁決理由のような事実があつたとしてもその投票数はそれぞれこれを確定し得べきもので所謂潜在無効投票として扱へば足りこれを以て選挙無効とすべき筋合でない。尚開票場所が安芸郡音戸町役場一ケ所である事実は認める。

以上の理由により本件選挙は公職選挙法第二百五条に所謂選挙無効の場合に該当しないから右違法裁決の取消を求めるため本訴請求に及ぶ。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び主張として次の通り述べた。

原告等の主張事実中一、二の事実即ちその主張の経緯により異議、決定、訴願、裁決がなされその主張のような裁決理由に基き本件行政処分をなした事実は認める。被告が右裁決理由において認定した事実はいずれも真実存在し又前記第九投票区投票所において投票立会人等は詐欺投票の多数為されるのを黙認したもので以上の事実はもとより選挙を無効ならしめる事由であるが、その外次のような選挙の管理執行に関する規定違反も同様である。

一、本件選挙において使用された基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿は総て音戸町選挙管理委員会の書記が独断調整したもので同委員会において調製したものでないから公職選挙法第二十条第二十六条の規定に違反し、右選挙人名簿はその効力を有しないからこの名簿で執行した本件選挙は無効である。

二、本件選挙の各投票所において投票立会人は三名であるところ、この立会人の一名が代理投票四一二票の補助者となつたために立会人一名の欠員を生じたに拘らず投票立会人を補充しないで一般投票を執行した違法がある。かゝる四一二票の代理投票が行われる間における一般投票数は代理投票が一般投票に比してその手続に時間を要する関係上その間少くとも四一二票を下らない。而して本件選挙においては最高位当選者の得票数六一八票、最下位当選者の得票数二四四票、次点者の得票数二一六票、当落の差数四〇二乃至二八票であるから前示選挙管理の違法は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものと謂わねばならない。

以上の諸事実も亦著しく選挙の自由公正を害した違法なる選挙の管理執行というべきであり、しかも本件選挙の投票は十一ケ所の投票所で行われたがその開票は安芸郡音戸町役場の一ケ所で行われたものであるから右は選挙の結果に異動を及ぼす虞があり本件選挙を無効とすべきこと明白である。従て右と同旨にでた被告委員会の裁決は相当で原告等の請求は理由がない。

(立証省略)

理由

原告等がいずれも昭和三十年四月三十日施行された広島県安芸郡音戸町議会議員一般選挙に際し立候補し且つ当選した議員であること、同年五月六日右選挙に立候補して落選した川口玉一、中島礼三、大森俊爾及び選挙人阿部守雄が右選挙の効力に関し同町選挙管理委員会に対し異議の申立をなし同委員会は同月十九日右異議申立を棄却する決定をなし、該決定は即日右申立人等に送達されたが右申立人中大森俊爾外一名は同年六月六日右決定に対し更に被告委員会に訴願をなしたところ、被告委員会は同年十二月二十日前記決定を取消し本件選挙を無効とする旨の裁決をなし、同日これを告示したこと、右裁決の理由が原告等主張の通りであることはいづれも当事者間に争がない。

原告等は右裁決の認定した事実を争いこれが取消を求めるに対し、被告は本件選挙には被告が訴願の裁決において認定したものを含めてその主張のような選挙の管理執行に関する各般の規定違反の事実があり選挙の結果に異動を及ぼす虞があるから本件選挙は無効であり、同旨の裁決は結局相当であると主張するので、先づ右裁決の理由となつた被告主張のような選挙の管理執行に関する規定違反があつたか否かの点について判断する。

成立に争のない乙第五号証の一乃至五、乙第六号証の十五、十六、乙第七号証の一乃至十、乙第八号証の一乃至十七に証人新谷義教、沖本弘崇、福田弘崇、岡田雪子、松岡真平の各証言を綜合すれば、本件選挙において音戸町第九投票区投票所の事務員で受付係の岡田雪子は昭和三十年四月三十日の選挙当日午前八時三十分頃議員候補者大形竹松から呼出を受け投票所外の平野茂八方で「今日投票所に替玉の人が投票に行くが知らん振りをしてくれ、早瀬地区からは四人の候補者がでている。斯様な替玉をやらなければ当選できないから早瀬のために黙認してくれ」と頼まれ、その場に居た林正義(議員候補者林鹿太郎の息子)や平野茂八からも同様頼まれ拒み切れずに黙諾し、同投票所投票立会人福田弘崇も間もなく同所に呼ばれて同様依頼され拒み切れず、同人は同じく投票立会人沖本恭造にその旨伝へ、かくして受付係岡田は多数の者が他人の入場券で投票場に入るのを認容し投票立会人福田弘崇沖本恭造は右多数の不正入場者が詐欺投票(所謂替玉投票)するのを知りながらこれを看過し又同投票所の残り一人の投票立会人森藤サトヨは替玉投票のことを聞知しなかつたが少くとも六、七名の投票人が二度投票しているのに気が付いたが同じ部落の人ではあり女がでしやばるのもおかしいと思つて注意を与へることなく見逃しその結果同投票所では当日少くとも林京一外三十三名(詐欺投票が三十四件あつたことは原告等も認めている)の者がこのような詐欺投票をすることができた事実、右詐欺投票事件に関連して立会人福田沖本両名は公職選挙法違反被告事件として昭和三十年十月から昭和三十一年二月にかけて広島地方裁判所呉支部で大形竹松外二十数名と共に有罪の判決を受けた事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。然らば右第九投票区投票所において投票立会人全員及び受付係の一名が故意に詐欺投票の多数行われるのを黙認していたもので右は選挙の管理執行の職に在る者が甚しく選挙法の規定に違反し法の精神とする選挙の自由公正を著しく阻害したものと認めざるを得ない。

次に本件選挙の投票数は一、一〇六六票で投票者数は投票録を基礎とする場合は一、一〇三九人となり過剰票が二十七票存在し、投票用紙使用枚数は一、一〇四〇枚であることは当事者間に争がない。右のような過剰票がどうして生じたかについて検討してみるに、成立に争のない乙第六号証の二乃至十八に証人家頭正一、松岡真平の各証言を綜合すれば各投票所では受付係が選挙人が持参した入場券又は入場券を持参しなかつた者に対し入場券に代る入場メモにより選挙人名簿にチエツク又は丸印を附して投票用紙を交付することにしているが、受付係がその執務の厳正を怠つていたため後で選挙人名簿と入場券(入場券に代る入場メモを含む以下同様)を対照するとチエツク又は丸印の符号があつて入場券のないもの、符号がなくて入場券のあるものが十数人あり結局現実に投票した選挙人と選挙人名簿との対照整理が杜撰であり入場券と選挙人名簿の対照符号とを基礎としては正確な投票者数が得られないこと、更に投票用紙の交付数、残数等についてもこれらの数を裏付けるに足る受領証、精算書等を各投票所管理者から徴して居らずその真相が確認し難いこと、又町選挙管理委員会は投票用紙の印刷を安芸地方事務所に一括共同印刷することを依頼し、これを受領する際及び受領後もその数の確認をせず、投票用紙に捺印する際常時監督監視をせず、捺印した枚数の確認もせず単に捺印時に五十枚の束を作成したにとゞまりその束数の計算をせず又捺印に用いた公印を机上に放置したこと等があつて結局投票用紙が盗難にかゝりそれが不正に使用された結果過剰票が生じたと云う疑を否定できない状態である事実が認められ右認定を左右するに足る証拠はない。然らば右認定事実は投票用紙の管理更に選挙の管理執行が著しく厳正を欠き選挙の管理執行の規定に違反するものであることが明白である。

右各選挙法違反の事実につき原告等は何れも投票の瑕疵であつてその投票数を確定し得べく所謂潜在無効投票として扱へば足り選挙無効の事由ではないと主張するのであるが、前示認定のように詐欺投票を故意に看過したり、過剰投票を生じた所以を解明できないのは何れも町選挙管理委員会の事務を行う係員が選挙の管理執行に当り甚しい違法を行つたか又はその違法行為に基因するもので、右違法は選挙の公正に対し著しく疑惑を抱かせるものであつてしかも本件選挙の開票所が一ケ所であることは当事者間に争がないから選挙全部の結果に異動を及ぼす可能性は十分である。かゝる選挙は公職選挙法第二百五条に則り全部無効とすることが選挙の自由公正を理念とする法の精神に照して当然である。従つて当選の効力に関する問題であるとする原告等の前記主張は理由がない。

然らば右認定の範囲の事実の存在により本件選挙が無効であること極めて明白なので爾余の被告主張の各事実についての判断を省略し、被告の本件選挙を無効とする旨の裁決は相当であるから右裁決の取消を求める原告等の本訴請求は理由がない。

仍て原告等の本訴請求を棄却することゝし民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 植山日二 佐伯欽治 松本冬樹)

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